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Air
   〜flowing days〜

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 いつだっただろう

 牧野が類を

 『空気みたいな存在』

 と例えたのは




 その時俺は
 
 あまりにも言葉通りに受け止めてしまって

 その言葉の裏に隠された意味に

 気付くことが出来なかった


 そう言った牧野すら

 気付いていなかったと思う














 「・・・ここか?」

 あきらは何気なく非常階段の扉を開ける。
 『牧野を探せ』という、身勝手極まりない司の命令により、校内を探し始めてからもうずいぶんと経つ。
 もうここしかないだろう・・・という、最後の砦。
 ここにいなければ、つくしは既に帰った・・・ということだ。

 「・・・ったく、司の我侭には正直参るよな・・・・」

 なんてため息を吐きながらも、なんだかんだ言ってその我侭に付き合ってしまう自分。
 そんな自分を、あきらは『いい奴だな・・・』なんて思ったりする。

 

 「牧野ー。いるのか?」

 扉から顔を出し、きょろきょろと見回す。
 ふと目に入る、人影。

 「・・・・・類?」

 そこにいたのは、尋ね人のつくしではなく、類。
 壁にもたれ、目を閉じている類。
 その顔に浮かぶのは、安らかな表情。

 「・・・・・寝てるのか?」

 類の顔を覗き込む。
 ゆっくりと上下する肩と、時折聴こえる心地よい寝息。
 
 「・・・・・こいつも相変わらずだな・・・」

 こんな所で寝て・・・と、苦笑する。
 類の寝顔を見るだけで、つくしが見つからず、少しピリピリしていた神経が、徐々に解れていく。
 そんな自分の変化に、あきらは驚いた。


 そういえば・・・と、あきらはふと思う。


  


 類がこんなに穏やかな表情をするようになったのは、いつの頃からだろう

 張り詰めた弦のように、いつも緊張していた頃

 張り詰めすぎて、いつか切れてしまうのではないか・・・と心配していたのが、随分昔のことのように感じる

 

 静をフランスへ追いかけて行った頃?

 いいや、違う

 あの頃は、もっと尖がっていた
 溶け始めた、氷柱のようだった


 
 傷心でフランスから帰って来た頃?

 いいや、違う

 あの頃は、見ていられないほどに傷ついていた
 目を覆いたいほどの傷を、心に負っていた


 カナダの別荘に行った頃?

 司と滋が婚約した頃?

 牧野が漁村に消えて

 司がNYに行って

 

 思い当たることはたくさんあるのに

 思い当たる節はなかなか見つからない

 でも

 流れてきた時の中で

 類は少しずつ変わっていったのだろう

 尖った石が、川の流れで丸くなるように

 

 あきらを優しく包む、類の『空気』

 類がここにいる

 それだけで、人を和ませる『空気』




 

 「・・・邪魔して悪かったな・・・」

 小さな声でささやき、非常階段の扉をそっと閉めた。


 「さて・・・・と。牧野はいませんでした・・・か」

 そう呟きながら、あきらははっとあることを思い出した。

 いつだったか

 『空気みたいな存在』

 と、類を例えた牧野。

 『空気かよ?!』
 
 それって、どこにいても気にならない、大して存在感がないってことか?

 あの時、俺はそう笑い飛ばしたっけ
 そう言った俺と一緒に、牧野も笑ってたよな・・・

 ・・・本当は違うんだろ?
 いや、あの時、牧野は本気でそう言ったんだろう
 今はまだそう思っていても、いつかきっとあいつも気付くだろう


 『空気』という存在の、大切さに


 



 オレンジ色に輝く夕日を見ながら、あきらはゆっくりと廊下を歩く。

 いつか・・・牧野が本当に気付いてしまった時、あいつはどんな反応を示すだろう 
 あいつらの関係は、どうなるんだろう

 でも・・・
 それも面白いかもしれないな

 ポケットに入れた携帯電話が鳴り出した。
 着信の名前を確認し、嬉しそうに微笑む。

 
 ・・・どうにかなるのを、近くで見るのも楽しいかもな
 
 司の味方も、類の味方もできない
 まして、2人を敵にして牧野を奪い合うなんて、以ての外だ


 まあ、その時は

 俺は『空気』になって

 邪魔にならないよう、奴等を近くで見守るとしましょう・・・・・



 「はい?あ、俺です」

 
 あきらはどこか楽しげに、電話に出た。






 fin

















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 Air
   〜past treasure
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 カツ、カツ、カツ・・・と、乾いた音を響かせながら階段を上る。
 あたしの心安らげる空間へ。
 
 カツ、カツ、カツ・・・と、テンポ良く足音を響かせながら階段を上る。
 お昼休みの、屋上へ。
 
 
 

 
 持ってきたお弁当をコンクリートの地面に起き、あたしは手すりに腕をかけた。
 空を仰げば快晴。
 空気の乾燥した、澄んだ青空には、小さな雲がゆっくりと流れる。
 下を見れば流れる人の波。
 信号の色が変わる度、流れる方向も変わる。
 

 


 
 彼等と会う事がなくなってから、もうどれくらいの月日が流れたのだろう。
 今思い出せるのは、あたしを際限なくからかった西門さんや美作さんではなく
 恋焦がれ、何を捨てても一緒にいたいと思った道明寺でもなく
 空気のような、花沢類の柔らかな笑顔だけ・・・

 





 逢いたいわけではない
 好き・・・・というわけではない
 
 悲しいことや、辛いことがあったとき、『負けるものか』と、ぐっと拳を握る
 そんなとき、ふと聴こえる穏やかな声
 

 『頑張らなくてもいいんだよ 肩の力を抜いて
 
  悲しいときは泣けばいい 辛いときには誰かに頼ればいい』
 

 ふと脳裏に浮かぶ、穏やかな笑顔
 
 
 
 逢いたいわけではない
 好き・・・・というわけではない
 
 それでも透けるように青い空を見たときに
 花沢類の笑顔を思い出してしまうのは何故だろう
 
 
 
 
 いつだったか、美作さんに訊かれた。
 
 『類って牧野にとって、どんな存在なの?』 
 
 暫く迷った挙句、あたしはこう答えたような気がする
 

 『空気みたいな存在』・・・・・と
 
 
 

 そのときはただ何気なく、そう答えただけだった
 ただ、花沢類は、どこにいても空気のように溶け込んでいたから
 
 でも、今ならわかる
 そう答えた、あたしの気持ちが
 
 『空気』は、普段その存在に気付きにくいものだけれど
 本当は、いつも側になければいけないということ
 
 無くなって、初めてその存在の大きさに気付く
 
 
 

 逢いたいわけではない
 好き・・・・というわけではない
 
 でも、あたしは思う
 
 花沢類の残り香をいつも思い出しているあたしは
 本当は彼を渇望しているのではないか・・・・・と
 
 
 
 
 
 空を仰げば快晴。 
 空気の乾燥した、澄んだ青空には、小さな雲がゆっくりと流れる。
 下を見れば流れる人の波。
 信号の色が変わる度、流れる方向も変わる。
 人の波が小さくなってきた。
 お昼休みも、そろそろ終わる時間だ。
 
 
 
 
 

 
 カツ、カツ、カツ・・・と、乾いた音を響かせながら階段を降りる。
 現実の世界へ。
 
 カツ、カツ、カツ・・・と、テンポ良く足音を響かせながら階段を降りる。
 電話のベルと怒鳴り声の響く、あたしの仕事場へ。
 
 






  fin
 
 
 
 



『MIDI byポンさま』
音楽の「air」は、正式名称「管弦楽組曲第三番 第二楽章」。
「air」という題名よりも、「G線上のアリア」での名前の方が有名です。



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